文系PhDの日常

実学から遠い文系;博士号ほしい;海外留学中

研究者のアウトリーチ活動についてつらつら考える

研究者は象牙の塔の引きこもりになりがちです。

だって塔の中は居心地がいいのですよ。それに、研究所に行けば研究者、大学に行けばゼミ生と先生方、友人も院生という環境なので、いわゆる「外の世界」や「世間」からは隔絶されていると感じます。わたしは、今は海外にいるからというのもありますが、日本の時事ネタとか全くチェックしていません。世界のニュースも、本当に大ニュース以外は特に知りません。完全に世間に疎い。流行から遅れている。

じゃあ社会のことを何も考えないかというと、ちゃんと考えるときもあります。だって、奨学金や研究費の申請で必ず社会貢献を問われるから。自分の研究は日本の社会には貢献しないな……と心の底では思っていたとしても、「まあ、すごーく抽象的なレベルで考えればこういう貢献方法があるかもしれません」と書くわけです。正直、わたしの研究は金になりませんし、ぶっちゃけ日本の社会に対する貢献は、直接的にはほとんどないでしょうけど。

でも、しつこく社会貢献を問われるせいか、最近は社会に人気のある研究者について見聞きする機会があるためか、何かの形で研究成果を社会に還元せねば、という気持ちはあるように思います。金にもならず実学的な要素が何もないとなると、還元手段はどうしても娯楽提供というか、「こんなこと聞いた!面白いねえ」的なサイエンスカフェとか市民講座になるわけですが。

みなさんわたしの話聞きたいですか?需要あります?

個人的には、日本国内、専門家以外に需要があるとはあまり思えません。

理系科学者が実験や工作をしてくれたり、文学者が文学作品の解説を聞いたり、心理学を実生活に応用するテクニックの本を読むというのなら需要があると思うのです。でも、そういう実生活面から遠い研究分野の人々は……どうでしょう。画一的に「研究者」とくくって「世間様に研究成果を説明して。みんなの役に立つようなイベントして」というのは無理があるようにも思います。

というように懐疑的な気持ちもある一方、留学先大学では日本では見たことがないようなアウトリーチ活動をしていたりして「ああ、こういう手があるのか」と刺激をもらうこともあります。もっと色々頭を捻ればいいのか、幻の「科学コミュニケーター」を探せばいいのか。

「わたしの話を聞いて!」というイタい押し付けにならないような、スマートなアウトリーチ活動があるといいんですけどね。

模索は続く。