文系PhDの日常

実学から遠い文系;博士号ほしい;海外留学中

サマースクール第一週目終了

今ちょうど、滞在中の研究所主催のサマースクールが二週間開催されてます。

金曜で一週目が終了しましたので、感想等書いておきます。

 

ちなみに私は朝一コマしかとっていません。コース自体はたくさんあるのですが……自分の専門に関係するのはあまりないかな。研究所に滞在しているとはいえ、参加費はとられますし(割引はかかりますが)、普通に自分の研究を進めておきたいという気持ちもあって、専門に一番近い一コースだけ履修することにしました。

 

先生は現地の出身ですが、他国で教鞭をとられている方。低体温気味で渋い感じの先生です。

初日は「うーむ、朝からこのローテンションの人の授業を受けるのか。つらいぜ」とか思っていたのですが、はたと「でも授業はエンタメじゃないもんな」と気づいて、ちょっと反省しました。

そりゃあ、私は教授法の授業を受けて「どうしたら生徒を飽きさせずに、楽しく勉強させられるか」とかテクニックを色々習ったわけです。もちろん、そういうのって、授業をする身分になったら自分のために重要だと個人的には思っていますが、同時に、他人に強制したり、先生の授業を評価するための物差しにはしたくないなと思ったのです。

授業で重要なのは、やはりコンテンツ。

私が今、授業を受けている先生はテンション低い感じでぽつぽつ話す先生で、授業方法も、教科書をそのまま読んでいくって感じです。情報の羅列が頭に入りきらず?がたくさん頭の上に浮かぶときもあります。

しかし、先生の脳に膨大な知識がしまわれており、私たちはその一部を分かりやすい形で分け与えてもらっているのだということは分かります。

 

だから、その先、授業を楽しいものにできるか否かは、私自身の姿勢に関係していると思うのです。ただ座って、先生が楽しい授業をするのを座って待っているというのは、あまりにも受動的な姿勢です。もっと前のめりになって、知識獲得せねば、と反省したわけです。

 

ただ、昨今の流れは、どちらかというと、大学の授業をいかにエンタメにするか、という方向性にあるように思います。ちょっとどこで聞いたか思い出せないのですが、今後、大学の教授は教育を担う人と研究を担う人に二分されるようになると聞いたことがあります。前者は「面白い授業をして生徒を獲得する/大学の知名度を上げる教授(マイケル・サンデル教授タイプ)」、後者は「研究だけに集中するタイプ」です。すぐにこういうはっきりとした二分法が導入されるとは思わないですが、私も陥った、受動的に知識を求める状態にあるような生徒が増えると、教育のうまい先生、あるいは教授の教育技法の向上がますます求められるのは確かだと言えそうです。

 

今日はこんなところで。