文系PhDの日常

実学から遠い文系;博士号ほしい;海外留学中

25歳を越えたら圧倒的に生きやすくなった話

こんにちは、はたえるどです。

 

今日は非常に個人的・内省的な話をしようと思います。長文ですが、ご興味ある方はお付き合いください。

 

 

さて。25歳頃までの私は非常に生きづらい人生を送っていました。

 

私の理想は、明るくて、ポジティブで、社交的で、皆に好かれていて&頼りにされていて、愛嬌があって、運動神経が良くて、外見も良くて、おしゃれで、勉強もできて……という、まあ「そんな設定詰め込みすぎの人現実にはいないよ!」というような人物でした。

 

それでも、まあこの中の一部でもかすっていたら、もう少し穏やかに生きていたかもしれません。

 

ところが実際の私は、筋肉太りして着たい服が着られないような体型だし、どっちかというと変化を好まない内向的な性格だし、全然社交的じゃないからクラスメートと話すのも一苦労だし、愛嬌より度胸だし、運動神経・成績も、良いほうだけど特筆すべき点なしという程度でした。

 

まあ、今思えばどこにでもいるような「普通の」10代でした。

 

この状態を客観的に把握して、そういう自分を受け入れられていたら、それはそれで心穏やかに過ごせていたのかもしれません。

 

しかし、客観性を持ち合わせない思春期の私は「それでも、努力すれば理想の自分になれるはずだ」、「本当の自分はこんなじゃない」という葛藤に悩まされ、「本当の私への第一歩」という名の奇行に走りがちでした。

 

しかも、先ほども書きましたように、その「理想」というのがとんでもなく高かった。

スポーツでインターハイに出て、学校で成績優秀者として張り出されて、モデル体型で、思わず二度見してしまうような美貌で、自他と共に認める親友といつも一緒で、先生にもかわいがられていて……ぐらいのことは平気で思っていたわけです。

 

もちろん、「普通の10代」がこれを全部達成できるわけはありません。

 

でも当時の私は、体育会系ゴリゴリの部活に所属していたこともあってか、全ては努力&根性で何とかなると思っていたんですね~(あるいは少なくとも思い込もうとしていた)。

 

なので「努力」と称して必死にあがいては、理想の自分になっていないことに愕然として、努力しきれない自分を責める毎日でした。

 

別にそんな暗い青春を送ったというわけではありませんよ!楽しいこともたくさんありました。しかし、何をしていても常に「本当は自分はこんなふうでありたいのに、そんなふうには振舞えない」という自分自身に対する不満を燻らせ続けていたように思います。

 

そういうふうにぐつぐつと不満を煮えたぎらせていたわけですが、25歳を過ぎた頃に「はて」と気がつきました。

 

人生ってそんなに大変なものだろうか?

 

「社交的であらねば、友達たくさん作らねば」と思って生活してきましたが、振り返ってみると、人付き合いが根本的に苦手な自分は結局のところ、少数の良い友達しか維持できませんでした。

 

確かにダイエットをすれば、がっしり体型を脱却できるかもしれない。しかし、痩せ型になったとしても、骨太で頑丈な骨格は変えられないし、足の長さも変えられないし、顔の大きさも変えられないから、モデル体型には程遠い。

 

ぶっとんだ理想に近づこうとして、「本当はああなりたいのになれなかった……自分はダメなやつだ」という思考でループしていましたが

 

理想と現実の狭間に着地点を見つけ、現実的にはそこを目指すぐらいで良いのではないか?

 

自分、自分にハードル高すぎないか?

 

「社交的であらねば」「みんなに好かれねば」「美しくあらねば」という「~せねば」を自分に課して、達成できない自分を自分で責めるという苦痛の自家発電はもうやめたほうが良いのではと気づいたのです。

 

そんなことに気がついたのが、遅まきながら25歳ぐらいのことで、それからは人生がぐっと楽になりました。

 

「自分がこうだったらいいな」という方向性は今でもありますが、「努力じゃ!根性でなんとかなる」「達成できない自分はクソ」というふうには考えない。

 

自分の現在のスペックを冷静に判断したうえで、自分の心が満たされるような現実的な目標を決める。もし、思っているような方向にはいけないのなら、すっぱり諦める。別の達成方法や迂回路を考えたほうが建設的です。

(お笑い芸人さんが「イケメンじゃない自分は顔の良さでは勝負できないから、笑いで人気を得ることにした」と言ったりするのと同じような考え方ですね。)

 

こんなことに25歳で気がつくのは遅いのかもしれませんが、その後は格段に息がしやすくなり、がんじがらめになっていた様々な執着から開放されました。

 

なぜ25歳頃にこういう変化があったのかは今でも謎ですが「年をとるほど経験が蓄積されて、人生が楽になっていく」ということかもしれません……そうだといいなと思っています。

 

まあ加齢によって "図々しくなる" という変化の一環かもしれないけど、毎日ヒリヒリしなくても生きていけるようになったから、「図々しい」ぐらいの苦言は甘んじて受け入れましょう。

 

 

大変個人的な話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

今日はこんなところで。